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Tono Watermill   Pastel on paper   Akiko Hirano

山の神の遊び場

平野明子 &  Tim Wong

北日本、背の高い山と深い森林に囲まれた猿ヶ石川沿いの渓谷に、遠野の町がある。この地域一帯には長い農耕伝統がある。古い茅葺き屋根の農家や水車小屋の多くは今日でも使われている。この地域は、日本の民間伝承の発祥地でもある。20世紀の変わり目に柳田国男はこの地域から多くの地元の物語を収集し、妖怪(超自然的な存在と怪物)の不思議な物語で埋まった日本の民間伝承の古典、「遠野物語」を出版した。

 

遠野の物語のいくつかは実際に起こった。1750年代から1780年代にかけて、持続的な寒波が作物の収穫の減少を引き起こし飢饉を生じた。問題は激化し、二つの火山、岩木山と浅間山が1783年夫々数ヶ月以内に噴火し、広範囲にわたって日光をさえぎる火山灰を噴出した。結果として生じた天明の大飢饉で、数十万人の死者を出した。北日本の田舎は特に大きな打撃を受けた。犠牲者の心を和らげるために、仏教寺院大慈寺の住職は遠野近くの丘に500石の羅漢(仏の弟子)を彫った。彫刻の多くは今も残存している。

 

10月下旬、黒衣(くろえ)はその素朴な魅力と伝説に興味をそそられて遠野にやって来た。彼女は昨日、国の指定文化財、千葉家の農家を訪れた。今日、彼女は五百羅漢を訪れる予定だ。黒衣が遠野の伝説に興味を持っていると聞いて、宿泊している旅館の番頭が彼女に地図を渡し、伝説物語の一つに登場する「続石」(続き石)と呼ばれる別の場所を指摘した。

 

五百羅漢までは長い道のりだった。彼女が地図の場所に到着した時、石の彫刻は見えなかった。丘の中腹を更に登り彫刻を探す彼女は、森の中をどんどん深くさ迷い、岩の上を這い回り、小さな峡谷を探し回るがそれでも何も見つからなかった。諦めかかったその時、何かしら見つめられているような不気味な気持ちになった。緑の苔で半分は隠れているすぐ横の岩の顔が彼女を見つめていた。周りを見回すと、次々と顔が見えた。緑の苔でカモフラージュされたゴロゴロした岩の集団の彫刻に囲まれ、それらは静寂の中で彼女を見つめていた。この場所はとても不気味で、彼女を和ませるどころか背筋が凍る思いであった。

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Gohyaku Rakan   Pastel on paper   Akiko Hirano

次の目的地へは歩くには遠すぎた。黒衣はタクシーで町の西にある山へ行った。頭のはげた中年の運転手は、深い杉森林の前の道路脇に車を停めるまで快活に会話を続けた。彼は振り返り、丘の下の質素な鳥居を指して、「あの門を通り抜けなさい」と言った。黒衣は料金を払い、お礼を言った。彼女が下車する前、男は「気をつけなさいよ!」と低く真面目な口調で付け加えた。彼の口調に驚いた黒衣は不審げに男を見つめたが、彼はそれ以上何も言わなかった。

 

木製の鳥居はとても古く風化し、ペンキはほとんど剥がれていた。門の横に熊の警告札が掛かっていた。多分それがタクシー運転手が彼女に注意したことだったのだろう、と黒衣は思った。モンタナ州のグリズリーベア危険地帯をハイキングしたことがある黒衣は、どう行動すべきか知っていた。彼女は門を通り抜け、音をたて独り言を発しながら歩いた。古代風の木の丸太で造られた長い階段が急な上り坂に続く。落ち葉が道のほとんどを覆っていた。登るにつれ、木々は高くそびえ、下草は密集してきた。やがて、彼女はまるでトラックのように大きく巨大な岩に到着した。それは空中で水平に一対の垂直の岩で支えられ、狭いアーチ道を形成している。「続石」と立て札に書かれていた。自然に出来た形のようには見えない。ある人は、弁慶という名の強靭な戦士が置いた石、又別の人は、それは墓石であると示唆したが、誰が、誰のために作ったのか誰も知らなかった。

 

石のアーチをくぐり抜けた黒衣は、風化した木造の神社を見つけた。銅製の鈴鐘が軒先から垂れ下がる重い編みロープに掛けられていた。扉には錆びた各種の儀式用鉄の刃が取り付けられていた。中には、香立ての横の祭壇に木製の馬の彫像、扉の上の木製の銘板には、3文字で「山神社」と書かれていた。黒衣は遠野の伝説の一つを思い出し、息を呑んだ。

 

この伝説によると、遠野の町には鷹狩りがいた。人は彼を鳥御前(とりごぜん)と呼んだ。ある日、彼と友人は町と猿ヶ石川の間にある山へキノコ狩りに出かけた。二人は分かれ、鳥御前は陽が西に沈むまで山を登り続けた。そして彼は、大きな岩の横の日陰に立っている真っ赤な顔の男女を見た。鳥御前が近づくと、男は彼を押し戻し続けた。男女の外観から判断して、鳥御前は彼らが本物だとは信じなかった。彼はナイフを抜き、男に向けて振ったが、男は凶悪な蹴りで打ちのめし、彼をノックアウトした。鳥御前の友人は谷底で無意識になっている彼を発見し、家に連れて行った。鳥御前は友人に何が起こったかを話した後、病気になり3日後に死亡した。彼の死に方がとても不可思議だったので、山の神が遊んでいた場所で彼が邪魔をしたのではないか、と言われた。

 

背の高い木々に差し込む午後遅くの日差しが神社の周りに奇妙な影を落とし、その場所の不思議なオーラを増強している。現実と想像の境界線が曖昧になってきた。そこを後にする前に、黒衣は神社に敬意を表した。頭を下げ、銅の鐘に付けられた編みロープをそっと引っ張った。神を呼ぶ象徴的なジェスチャー。驚いたことに、鐘の音に応えたのは神社の後ろの茂みの中のざわめきだった。タクシー運転手の注意の言葉と熊の警告サインが彼女の頭にハッとひらめき、突然弱弱しい自分を感じた。もっと音をたてるべきか、それとも静かにして神を邪魔しないべきか、今彼女には確信がなかった。用心深く、彼女は巨大な岩を越え後退し、影で覆われた道を静かに下って行った。

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Tsuzuki Ishi   Pastel on paper   Akiko Hirano