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Collet Top Ruin   Pastel on paper   Akiko Hirano

覆われた時間
平野明子 & Tim Wong

黒衣(くろえ)は焼けつくような太陽の下、一時間以上は歩いていて、ふっと地面に落ちている何かが目に留まった。額の汗を手の甲で拭い、それを拾い上げた。角が鋭く尖った火打ち石。半透明のメノウ石。ポット地面に投げて歩き続けた。もう一つ。赤と茶色のジャスパー(碧玉)。ずっと昔、石の道具を作った時の残骸。彼女は間違いなく目的地に向かっているのを認識した。

今朝早く、黒衣はエスカランテの町でガソリンを補給し、カイパロウィッツ台地へ向かった。カイパロウィッツ台地は町からアリゾナ州境近くまで50マイル以上広がる人里離れた台地だ。1,600平方マイル以上の野生の森林地帯、そこには誰も住んでいない。唯一のアクセスは、台地を横切る75マイルの曲がりくねった4輪駆動の未舗装道路。ジープが険しい道を7,500フィートの台地までゆっくりと登って行くにつれ、タイヤがパンクしないかと心配になった。頂上で、彼女は岩だらけの脇道に入り、その先は岩盤地帯。彼女は車を停め、地図にX印を付けた場所を目指して、道なき道を歩き始めた。

石の道具の残骸を目にしてまもなく、ジュニパーの林の間に岩の露頭が見えてきた。キノコ型の岩で、その上に小さなアーチが乗っている。彼女は反対側に回った。岩の下には洞窟があり、その巨大な屋根は自然の石の柱で支えられていた。洞窟の中には、完璧に保存された穀物倉庫があった。穀物倉庫は全て石で造られており、木製の部分は一切なかった。頭と底の土台は長い石のブロックで出来ていた。彼女は、その構造がフォーコーナーズ地域(ユタ、コロラド、ニューメキシコ、アリゾナ州が交わる場所)の他のほとんどの遺跡とは異なっていることに気づいた。彼女がこれまで見てきた他のほとんどの遺跡は、石のブロックを積み重ねて、隙間を粘土で塞いでいた。この遺跡では、石は粘土の中に「湿式に敷き詰められた」ようで、石はモルタルに埋め込まれていた。

Collet Top Granary    Photo   Tim Wong

遺跡からは、ピニオンやジュニパーが点在する広い台地の頂上が見渡せ、さまざまな低木が生い茂っていた。農作物の栽培や狩猟に適した場所だったに違いない。考古学者たちは、西暦1100年以前にカイパロウィッツ台地に先住民が居住した形跡を見つけられなかった。ここの住民はその後に移住してきた可能性が高い。彼らがどこから来たのかは謎だ。建物の構造の違いは別として、東と南東のフォーコーナーズ地域で非常に一般的だった儀式用のキバは、カイパロウィッツ台地にはまったく見られなかった。陶器のスタイルもかなり異なっていた。一部の研究者は、住民は西から来たのではないかと示唆した。いずれにせよ、彼らは8世紀前、周囲の他のすべての住民と同じ時期にこの台地から去って行ったようだ。黒衣は青い空と絶えず移り変わる雲の下、広い台地を見渡し、この場所の純然たる静寂と寂寥感を感じていた。

Handprint on 'arrowhead'   Photo   Tim Wong

遺跡の裏側に、黒衣は浅い洞窟を見つけた。日差しを避けるにはうってつけの場所だ。彼女は中に座って水を飲んだ。背後の壁には、古い手形がいくつかあった。赤い黄土色だ。特に印象的な手形は、他の手形よりも高い位置にあり、砂岩の壁に埋め込まれた矢じりの形をした白い石の上にあった。それは直接の掌形ではない。作った人は指を黄土色に浸して岩に塗りつけ、手のひらの付け根に指で色を塗った。手形は遺跡に個人的なアイデンティティ、権威の象徴を与えた。本能的に、黒衣はこれが穀倉のリーダーであり所有者であると認識した。彼女は長い間その手形を尊敬の念で注視した後、手を上げて見えない人物に挨拶した。手形が黒く日焼けした顔、彼女の顔とそれほど変わらないリーダーの顔へと変遷し、何層にも覆われた時間を透かし見、どうして、そしてなぜ、家から遠く離れたこの洞窟にやって来たのか、と戸惑った表情で尋ねているかのように、彼女の心の目には映った。

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