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White Cat   Pastel on paper   Akiko Hirano

白ネコ

平野明子 & Tim Wong

老舗の駄菓子屋の和菓子の箱が並ぶ木の机を見下ろす棚に、辛抱強く腰を下ろしているネコ。彼女の瞳孔は満月のように丸く開かれ、薄暗い部屋のわずかな動きをしっかりと見守っている。彼女は暗闇の隅のかすかな音に少し頭を向けた。木の床を小さな足で走り回る音。黒っぽい形が壁の縁に沿ってちょろちょろと動いている。彼女は尻尾をぴくぴくさせ見つめていると、その黒っぽい形はテーブルの下へと近づいてきた。彼女は飛びかかった。鋭い鳴き声、そして沈黙。朝、店主が店を開き、ネズミの死骸を見つけた、がネコはどこにも見当たらなかった。彼女は一晩中店を守った後、何処か秘密の隠れ場所で気持ちよく眠っていた。

いつも午後半ばまでに、店主が柿渋の暖簾を下げて陽射しをさえぎると、ネコは再び現われ、店の前のひなたに座り、顔をこすり、厚い白い毛皮を手入れする。家族に和菓子を買うためやってくる主婦の幾人かは、彼女の美しい白い毛についてコメントする。彼女が達人の狩猟師で容赦ない殺人者だとは知る由も無い。そして、少し後には近所の子供たちが学校から帰途につく、2-3人一緒に歩きながら、おしゃべりと笑いで忙しく、彼女に気付く事さえない。でも彼女が会うのを楽しみにしている男の子が一人いる。その子はいつも一人で、髪はぼうぼう、ズボンはちんちくりん。彼女はその子の名前は知らないが、彼は彼女のことを‘ニャンニャンちゃん’と呼ぶ。

ある晴れた日の午後、少年が通りかかった時、ニャンニャンちゃんは店の玄関先で居眠りをしていた。少年はしゃがみ、かばんを置いて彼女の滑らかな毛を手で撫でていた。彼女は背中を反らせ、頭を少年のふくらはぎにこすりつけた。少年は小さなゴムのおもちゃを取り出し、その周りにひもを結び、それを引っ張って彼女に追いかけるよう誘った。それは球根状の頭と恐ろしい歯を持つ奇妙な動物のおもちゃ、まるで彼女がテレビで見たゴジラのようだった。彼女はおもちゃに飛びつき、手放さなかった、少年は嬉しくなった。しかし時折、少年の興味を持続させるため彼女は獲物を逃して手放すふりをしなくてはならなかった。

毎日がそうだった。少年の訪問はニャンニャンちゃんのお気に入りの時間となった。店主は二人が一緒に遊ぶのを見るのにすっかり慣れ、時折少年にお菓子を家に持って帰るよう手渡した。月日が流れ、年が過ぎ、白ネコは少年がどんどん成長していくのを見ていた。そしてある年、彼はほとんど姿を現さず、彼女と遊ぶことはなくなった。ある日の午後、彼女は彼が自転車に乗って急いで通り過ぎていくのを見た。彼女は彼が別の世界へ入って行ったのがわかった。皆がそうであるように。彼女自身もそうであるように。

近頃は、彼女のかっての絹のような白い毛皮はもはや甘美ではなくなった。暗闇でネズミを捕まえるどころか、ほとんど見ることさえ出来なくなった。店主は別のネコを飼うことについて話していた。ある夜、彼女は和菓子の箱が並ぶテーブルを見下ろす棚で、小さなゴムのおもちゃを追っかけている夢を見ながら深い眠りに落ちた。