Touching Stone Gallery
米国ニューメキシコ州サンタフェ
Dawn over Cedar Mesa Pastel on paper Akiko Hirano
杖
平野明子 & Tim Wong
2023 年 10 月
暗闇の中、急勾配で曲がりくねったMoki Dugway(道路名:モキ ダグウェイ)をジープがゆっくりと這い上がり、その黄色いヘッドライトが曲がり角ごとに崖縁から中空間へと行ったり来たりしている。 車はValley of the Gods(名所:神々の谷)から1,000フィート上にある登りの頂上で一時停止した。 眼下に広がる広大な風景は、夜明け前の光の中で眠っているように見え、普段は意気揚々と拡がる砂岩の丘は、何かしら弱弱しくほとんど識別できない。 車はセージの灌木とピニオン松が点在するメサ頂上の 2 車線の道路を引き続き走る。 遥か東、まだ朝霧に覆われたセージ平原の向こう、スリーピング・ユート・マウンテン(山の名)の上空が、虹のように輝き始め、シアンがオレンジ、赤、そして金色に変わって行く。
黒衣(くろえ)は車から降りる。太陽が滑岩に長い影を落とす。 彼女はバックパックを背中に担ぎ、ドライウォッシュ(干上がった川底)を下り始める。 そびえ立つ赤い崖に囲まれ、どんどん深くなる岩だらけの峡谷に、彼女はゆっくりと飲み込まれて行く。 何度かポワーオフ(雨水で深くえぐり取られた崖)の周りを迂回し、岩を滑り降り、大きな岩の塊がゴロゴロする場所に降り立った。 峡谷の底は人跡未踏のように見え、厚い藪と背の高いつくしの葦が茂っている。 彼女はそれらが身体に絡まりつくのと闘いながら前へ進み、道を開けていく。 ついには藪が茂りすぎて足元が見えなくなり、覆いを突き抜けて泥だらけの水たまりに落ちてしまう。 こんなはずはない! 彼女は息を整えるために立ち止まり、傷ついた腕にバンドエイドを貼り、後戻りして、藪の絡みを横に避けようとした。 突然、彼女は美しいオレンジ色の壁の大きなアルコーブ(洞窟)のすぐ前の空き地に迷い込む。 アーチ型の壁の下には人工の建造物が隠れていた。
Log Kiva Ruin Pastel on paper Akiko Hirano
西暦 1262 年
早朝の薄暗い光の中で、老人は丸太小屋のそばに立ち、長旅に備え忙しく手荷物を用意している一族を眺めていた。 彼は彼らと一緒に旅するつもりはない。 関節炎のため、彼は遠出することは出来ない。 長年の干ばつで、近隣住民のほとんどはその地域を離れたが、彼の一族は指導者を見捨てることにこだわっていた。 峡谷から住民が去って行くに従い、緊迫感が高まる。隣人の後を追わなければ、飢餓に直面することになる。ついに、老人は一族に自分を置いて立ち去るよう促した。 家族が別れを告げに集まってくる中、彼は荒れ果てた手で木の「杖」を握りしめ、無表情で立っていた。 老人は両手で息子に「杖」を差し出し、主導権を移すしぐさを示した。 驚いた若者は躊躇し、老人がそれを必要としていることを知り、「杖」を父親の手に押し戻した。 一瞬の沈黙の後、二人は暗黙の絆を深めた。「杖」は峡谷に留まり、若い主導者が戻ってくるのを待つことになる。 いつの日か。
最後の一族が去った後、老人は足を引きずりながら穀倉に行き、静かに赤黄土色の絵の具を入れた小さな皿を用意した。 彼はユッカ(イトラン)の筆を使い、岩壁に二人の人物を丹念に描いた。精巧なかぶり物を頭につけた肩の広い大きな指導者と、遠くに歩き去るかのような、飾り物をつけない小さな人物。描き終えると、彼は足を引きずりながら小屋に戻り、何十年も前に家族が丸太と石を使ってそれを建てたことや、中で立ち上がるにはまだ十分ではなかったものの、頭上の空間を少しでも増やすために固い岩床を削った事などを思い出した。 屋根は平板と泥の重みでたるんでしまったが、もうどうでもよいことだった。 彼と同様、その古い住居はその目的を成し遂げた。 彼は注意深く「杖」を持ち上げ、住居の側面に立てかけた。 彼は向きを変え、峡谷をよろよろと下って行った、決して振り返ることもなく。二度と彼の姿を見ることはなかった。
Father & Son Pictographs Photo Tim Wong
黒衣は洞窟の中に足を踏み入れ、その人工建造物の一つが、写真で見た「丸太キバ」であることにすぐ気づいた。 他のキバとは異なり、このキバには正面ドアはあるが、屋上には入り口がない。 典型的なキバというより住居のように見える。 土床にはトウモロコシの穂軸やネズミ集団の糞が散乱している。 最も特徴的な点は二重壁で、内側は木の丸太で組まれ、外側は石ブロックで補強されている。 住居は驚くほどよく保存されており、屋根の大部分はまだ無傷だが、外壁の石の一部が落ちて、木の丸太や、丸太と丸太の間を埋めるジュニパー樹皮の詰め物が露出している。
黒衣は洞窟の奥の方へ歩き、二つ目の建物を検索する。 それは棒と泥の仕切りで区切られた 二つの部屋を持つ 二 階建ての穀倉。 壁の一部が崩壊し、内部はネズミ集団の巣と化している。 穀倉の横には、トウモロコシの穂軸と一緒にメタテ(食べ物を載せて石棒ですりつぶす重い石板)が横たわっている。 彼女の目は、洞窟の壁の一対の赤い絵文字に引き寄せられる。もっとはっきり見ようと歩いて行く。 二つの亡霊は何かを物語っているようだ。もっとも彼女は彼らの言語を理解できないが。 彼女は丸太小屋に戻り、ここで何が起こったのか、手がかりを探そうとする。 そのとき、彼女は住居の壁から落ちたいくつかの石のブロックの間に木の「杖」が地面に横たわっていることに気づいた。
「 杖」は彼女の胸ほどの高さの頑丈な木の枝で作られており、一端には球根状の首輪のつまみがあり、もう一端は使い古された先端が付いている。 黒衣はそれを持ち上げ、回転させ、手にその重さを感じた。 彼女はこの「杖」をどんな人が使っていたのか想像してみる。 どういうわけか、彼女はそれが精巧なかぶり物を頭につけた人物のものであり、理由があってそこに残されたことを知っている。 彼女は、「杖」を残された住居の壁に慎重にもたれさせて元に戻し、とても大切なものを手にできたことを非常に光栄に思いながら立ち去った。
The Staff Photo Tim Wong