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Pilgrimage   Pastel on paper   Akiko Hirano

旅路

平野明子 & Tim Wong

一晩中眠りから出たり入ったり漂ったのち、女はハッと目を覚ます。部屋はいつもより明るい、正午近くのはず。寝坊した自分を叱る。今日は娘を海岸に連れて行く約束の日だ。起き上がり、居間でイライラして待つ娘、すでに着飾り出かける用意が整っている。彼女はお化粧も無視し、黒のショールを掴み、娘の手をとってドアの外へと。

 

彼女達は駅まで歩き、急行列車で北日本、岩手へ向う。列車は馴染みのある町や田舎を通過する、が彼女の娘にとっては初めての旅。窓際の席にひざまずいて、目の前を通り過ぎる全ての人や木々に手を振っている幼女を、彼女は微笑ましく見つめている。女性乗務販売員が通路に販売車をおして来て「お弁当。。。お弁当。。。」と声をかけ、彼女はお弁当2箱と緑茶を購入する。

 

彼女達は海辺の町で列車を降り、海岸まで歩く。澄み渡った青空の下、美しい浜辺。波が険しい岩を打ち、しぶきが陽の光に輝き空中に飛び散る。頭上を飛ぶカモメが‘カーカー’と鳴いている。彼女は娘が砂浜で遊んでいる間に、砂の上にテーブルクロスを拡げお弁当を取り出す。最後にこんな楽しい時間を持ったのがいつだったか、彼女には思い出せない。

 

陽が沈みかけ、彼女達は帰宅する事にする。町に戻るが、駅を再度見つけることが出来ない。娘はパニック状態になり泣き出す。彼女は、別の地下鉄路線で帰宅する事ができると、娘を安心させる。彼女は娘の手をしっかり握り、別方向へと歩く。階段を下り暗いトンネルに入り、そこには彼女達だけしかいない。その地下鉄路線はめったに使用されていないに違いない。初めて彼女は恐怖をおぼえる。彼女達は、遠端に何かの光が見えるまでの長時間、歩き続ける。近づくにつれ、トンネルが開口部で終わり、そこにハシゴが掛かっているのに気がつく。彼女にとって何かしら全てが自然のようにみえる。彼女は娘に、自分が先に上って娘を待っている、と言う。娘は全て大丈夫、と頷き彼女を安心させる。娘の手を離し、開口部を上る。反対側の光がとても明るく、一瞬眼がくらむ。振り返ると、開口部は腐った卵の悪臭がする、明かるい黄色の液体で埋まっている。それも又彼女には完全に自然の事のようにみえる。彼女は、どういう風にして、又なぜ、そこにいるのか忘れてしまった、しかしそれはもはや重要な事ではない。圧倒的な安らぎと幸福感が彼女に打ち寄せ、あたかも生まれ変わったかのようである。

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病室では娘と30数年連れ添った夫が、一晩中ベッド横に付き添っていた。夜が明け、娘は母の強く握った手がゆるみ、ゆっくりと温かみが失われていくのを感じる。夫は、静かな祈りを捧げるように彼女の肩に手を置く。

 

昨夜、北日本の恐山で風が唸り、子供たちが泣いているように聞こえた。火山活動や温泉で溢れる恐山は、「恐怖の山」を意味し、霊界への入り口とされている。 今朝、菩提寺の世話人が寺の地面に吹き飛ばされた枝木を掃除している。 にじみ出る硫黄温泉場を通り過ぎ、地面に黒いショールが落ちているのを見つける。訪問者の誰かが落としたに違いないと思い、彼はショールを拾い上げ、寺院の周りで見つかった落し物で埋まったかごにそれを投げ入れる。

Emergence   Pastel on paper  Akiko Hirano

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