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Great Kiva   Pastel on paper   Akiko Hirano

前兆

平野明子 & Tim Wong

西暦1054年7月5日。中国の皇帝、宋仁宗は、天関(牡牛座ゼータ星)の近くに突然現れた新しい星の報告を受けた。それは昼間見ることができたほど明るい。中国の天文学者は、星が視界から消失する前に、ほぼ2年間それを観察した。彼らはそれを「客星」(かくせい)と呼び、その出現は不吉(吉凶)を予言する‘前兆’と考えられた。

 

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Supernova pictograph   Photo Tim Wong 

世界の反対側、チャコキャニオン(ニューメキシコ州の北西に位置するアナサジインディアンの広大な遺跡)のカサリンコナダプエブロ(遺跡の中の一つの集落)で、アナサジの指導者と司祭のグループは、グレートキバ(壮大な地下の儀式用建物)での夜通しの儀式の後、夜明け前の涼しさを求めて、次々にキバから現れた。彼らは月の近くに輝く新しい星を見て唖然とした。その光は非常に強烈で、手で目を覆った。彼らはその出来事を峡谷の崖、張り出した岩壁の下に、絵文字を描いて記録した。三日月と手形、その横に一つの星。中国人とアナサジインディアンが見たのは、かに星雲を生み出した超新星爆発だったのだ。

11世紀は、チャコキャニオンを中心としたアナサジ文化の絶頂時だった。峡谷は10マイルに及び、そこにチャコキャニオンの住民は記念碑的な建物を建設していた。これらのグレートハウスは、その年の特定の日に太陽と月の一線上に沿って建てられた。峡谷内と周りの共同体を結ぶために、何百マイルもの道路が建設された。峡谷の中心には、最大のグレートハウスであるプエブロボニート(集落の一つ)がある。 800の部屋があり、5階建ての高さ。不思議なことに、ほとんどの部屋には誰も住んでいなかったし、もしすべての部屋が占領された場合でも、居住者をサポートするのに十分な炉(暖炉)がなかった。一部の部屋には、美しい陶器、エキゾチックな鳥や宝石などの高級品が飾られていた。ある特定の部屋は、3世紀にわたって14人の住民を埋葬するための地下室として使用された。

西暦2016年、ペンシルベニア州、米国。 「信じられない!」 人間古生態学同位体地球科学研究所のケネット博士は、コンピューター画面のデータを見つめていた。ケネット博士と彼の共同研究者は、プエブロボニートの地下室に埋葬されていた14の遺体のDNAを分析していた。これら個人は、西暦800年から1130年にかけて、上質な陶器、楽器、道具、それに数十万個のターコイズや原石で飾られた宝石など、非常に貴重な副葬品と共に埋葬された。 DNAデータは、9人の個人が、9世紀に住んでいた1人の女性から受け継いだ、全く同じミトコンドリアDNAを持っていたことを示している。ミトコンドリアDNAは母から子にのみ受け継がれる。これらの人々は上流階級のメンバーだっただけでなく、周辺地域の農民に支えられて、3世紀以上にわたって峡谷を支配したエリートの母系家族であるように見える。

西暦1130年までに、彼らの王朝は崩壊し始めた。 50年続いた長引く干ばつが支配階級を支持できなくなった。社会崩壊は広範囲にわたる暴力と戦争につながった。住民は遠く離れた峡谷に逃げ込み、高度に防御的な崖の住居に落ち着いた。西暦1150年までに、チャコキャニオンは廃墟となり、すべてのグレートハウスは空屋になり、グレートキバは静まり返った。

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Target Ruin   Pastel on paper   Akiko Hirano

2017年春、ユタ州南部。川底に沿って峡谷を上り、黒衣(くろえ)は、倒れた木の幹が寄りかかる乾いた滝に到達した。木の幹を登り、横にそれた峡谷に入って、グラグラするガレ(ガレ場)と砂の上を歩き続けた。峡谷は彼女を中に閉じ込め、張り出した岩壁は彼女の先を塞ぐ。そこに美しいアナサジの遺跡が、上の洞窟の中に押し込まれた形で存在していた。明らかに防衛のために建てられ、唯一の入り口は2階建て以上の高さにある。入り口の下の地面にある2個の棒の穴が、かっては梯子でアクセスしていたことを示している。梯子が無ければ下からも上からも入ることが出来ない。

黒衣は洞窟の内部を見ることができない。反対側の丘の中腹に登る。そこから、洞窟には少なくとも3つの部屋と1つの穀倉が含まれているように見える。 1つの部屋は特によく建造されており、無傷の木製の梁が外壁から突き出ている。その壁は滑らかに赤く塗られ、その上に色あせた白い円がわずかに見える。同様の白い同心円のペアが内壁に描かれ、ターゲット(的)の印象を与える。黒衣は以前にそのような同心円を見たことがある。ここから1日歩いた峡谷で、彼女はアクセス不可能な崖の上の住居の外壁に、同じような同心円のペアが描かれているのをふと見つけた。これら2つの場所の居住民は何らかの関係がるのだろうか?

 

何年も前、黒衣がメサヴェルデ国立公園(コロラド州南西部にあるアナサジインディアン遺跡公園)の崖に建つ宮殿を訪れたとき、ガイドのレンジャーは、住民がメサ(岩石台地)で作物を育てる場所を作るために、このような崖の住居に移動した、と説明した。その後、数多くの高度に防御的な崖の住居を見てきた黒衣にとって、かってのレンジャーの説明はこっけいに思える。彼女が見てきたのは、広範囲にわたる恐怖と妄想、大混乱と修羅場の兆候、3世紀以上にわたって南西部を支配していたチャコ王朝を終わらせた長期の干ばつ、それによって引き起こされた社会崩壊の余波なのだ。

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'Target' cliff dwelling  Photo by Tim Wong 

黒衣は、南西部を苦しめている現在の干ばつについて考えた。記録によると、この十数年は西暦800年以来最も乾燥した年ということだ。これはまた50年にわたる干ばつの始まりだろうか?もしそうなら、1000倍以上の人口の現在、どのような災害をもたらすのだろう?この数年、カリフォルニアからワシントン、オレゴンからコロラドまでアメリカ西部全体が何百もの荒れ狂う山火事に巻き込まれ、町は焼却され、社会が根こそぎにされたことなど、当時の彼女には知る余地も無かった。

 

黒衣が暗くなり始めた峡谷を下って戻って来たとき、太陽は西のメサの下に沈んでいた。峡谷の縁に新月が昇った。黒衣は空を見上げて一番星を見た。それは奇妙なことに馴染みがなく、異常に明るいように見えた。彼女はそのような星を今まで一度も見たことがなかった。