Touching Stone Gallery
米国ニューメキシコ州サンタフェ
Slickhorn Canyon Pastel on paper Akiko Hirano
神話のキバ
Akiko Hirano & Tim Wong
ユタ州南部の人里離れた峡谷の洞窟の中に、800年前のアナサジインディアンのキバ(儀式用の半地下の建物)が元のままの姿で存在している。それは非常に良く保存されていて、木製の屋根と梯子は当時のままの状態である。黒衣(くろえ)は何年か前に、テリー・テンペスト・ウィリアムズの本でそれについて読み、その話は架空のものだと思った。そもそも、彼女はこれまでに多くの崩れ落ちたアナサジ遺跡を見てきたので、懐疑的に思っていた。それでも、その神話上のキバの鮮明なイメージは、ここ数年ずっと頭に残っていた。
今朝、黒衣は車を峡谷の頂上に置き、森林に覆われたメサの上をトレッキングする。異常な嵐がその地帯を襲っている。風に吹かれた雨とみぞれが彼女の顔を覆う。彼女はフリースのプルオーバーのジッパーを締め、ペースを速め、レインコートを持ってこなかった自分に腹を立てる。ピ二オンとジュニパーの茂みを1時間歩いた後、彼女はスリックロック(滑らかな岩肌)の台場に出る。風はまだ衰えないが、雨は止み、青空が見え出す。彼女の真正面に、巨大な石の尖塔が峡谷のタワーのように立つ。彼女は峡谷の縁に沿いタワーを目印にぐるりと回る。と、すぐにクジラ程もある大きさの二つのキャップロックの上にいる自分に気づく。二つのキャップロックをはさむ狭い隙間が、一段下に降りる道。彼女はその隙間をするっと抜け、広いスリックロックの岩棚に着陸する。
Ruin under Caprock Pastel on paper Akiko Hirano
キャップロックの真下に、彼女はアナサジの住居を見つける。その石とモルタルの壁は漆喰で滑らかに塗られ、屋根は元のままで、梁を支える長い木の幹が建物の側面から突き出ている。長方形の出入り口の中は、一家族が住むに十分な広さの居住区。その住居の向かいに、二つの無傷で空の穀倉がもう一つのキャップロックの下にある。石のチャートと波形の陶器の破片が地面に散在している。石積みの山は、後に崩壊した別の部屋を示唆している。
スリックロックの岩棚に沿って進む黒衣は、体の巾ほどもある岩の隙間、そこから15フィート直下する場所に到達する。彼女はバックパックをロープで下ろし、次にロープを頑丈なジュニパーの周りに結び、懸垂下降で下降する。固い地面に着き、峡谷の中間に大きな洞窟を見る。彼女は戻る時のためにロープを所定の位置に残し、洞窟の方へとガレ場を横切り道を探す。
Perfect Kiva Pastel on paper Akiko Hirano
洞窟が彼女を飲み込む。彼女が最初に気付くのは、石の厚板を立てて作った一対の食物の貯蔵所。メタテ(石皿)はなく、いくつかのトウモロコシの穂軸が残っている。その隣、後壁に向って住居があり、その後ろの壁は火の炎で黒くなり、前には崩れ落ちた屋根の梁の山。その部屋の向こうには、大きな石の厚板と泥で作られた穀倉。
黒衣の注意は洞窟の中央に向けられ、そこには石で丸く輪郭を描いた、無傷の屋根を持つ完璧なキバ。細い一対の梯子棒が暗い入り口から突き出ている。黒衣は、ガタガタの梯子を注意深く降りる。その横木は釘ではなく蔓(つる)で固定されている*。薄暗い部屋の中で、彼女は目の前の地面に小さなシパプ(穴)を認識し始める。四つ の幅の広い壁柱が屋根の主要な梁を支えている。離れた壁の地面近くに四角い壁のくぼみ。壁柱の間には、頑丈な壁に刻まれた深い棚。目が暗闇に順応するにつれ、更に詳細が見えてくる。東と西の壁には二つの円があり、一つは白、もう一つは淡い緑で、月のイメージを連想させる。彼女はこれらの「月」の説明をどこかで読んだ記憶がある。突然、彼女はこれがずっと以前に読んだ神話上のキバであることに気づいた。この長い年月を経て、彼女はついにそのキバを自分自身の目で見ている。あの話は真実だったのだ。
キバを出ると、どういうわけか洞窟が変わったように見える。砂地の地面には忙しい足跡が行き来しているが、それらは彼女のものではなく、素足とユッカサンダルの跡。後壁の崩壊した住居は、まるで魔法のように復元し、開いた窓から煙が噴き出ている。食物貯蔵庫はもはや無用な状態ではなく、彼女は一人の女性がそのあたりでトウモロコシをすりつぶしているのを想像している。目を閉じると、調理中の食べ物の匂いがし、子供達の走り回る音が聞こえる。この場所はもはや架空のものではなく、人々はかつてここに住み、働いていた。完璧なキバはもはや神話ではない。