Touching Stone Gallery
米国ニューメキシコ州サンタフェ
Moon pictographs Pastel on paper Akiko Hirano
「下弦の月」の家
Akiko Hirano & Tim Wong
時は12世紀。ある夜、年老いたシャーマンは石と漆喰(しっくい)造りの小さな囲いの中で忙しく仕事をしていた。残りの一族は奥深い洞窟の中の部落で深い眠りに落ちていた。丁度、半月が峡谷の縁から姿を現し、おぼろげな淡い輝きが周りの地を満たした。シャーマンはずっと数え続けている。最後の満月は7夜前だった。今夜の半月は冬至以来5番目の「下弦の月」になる 。一条の月光が壁の開口部を突き抜け、後壁のジグザグ線を照らし出した。赤い黄土で塗られた線は、月明かりの下で乾いた血のように黒っぽく見えた。ジグザグ線の左手には一列の岩絵:丸い円に続いて半円のシリーズ。シャーマンは手を挙げ、半円を左から順に数える、「1,2,3,4...」、彼の手は、他の半円より高いところに描かれた4番目の半円で一瞬停止し、ジグザグ線の下の5番目の半円へと動いた。「ファイブ」、と彼はささやいた。確認するかのように、彼はジグザグ線を追い、上下の動きを左から右に数えた。彼の手は5番目のアップストローク、丁度5番目の半円の真上で停止した。彼はしっかりと頷いた。今年の最初の「下弦の月」から数えて丁度118日、今年5番目の「下弦の月」。彼は地面が十分に暖まったことを知っていた、そして夜は秋まで霜が降りないことも。明日、彼は一族にトウモロコシの種を植え始めるよう指示するだろう。
Over-Under Ruin Pastel on paper Akiko Hirano
2022年4月23日。昨夜は雨が降った。スリックロック(滑らかな岩肌)のあちこちに水溜りが残っていた。黒衣(くろえ)は峡谷の縁端にしゃがみ、眼下に拡がる影を双眼鏡で覗いていた。三日月型のような二つの洞窟が上下に積み重ねられ、共にアナサジインディアンの住居が含まれていた。彼女は双眼鏡をバックパックに戻し、峡谷を降りる手立てを探し始めた。いくつかの勾配の急なスリックロックを降り、小さな川を渡り、彼女は廃墟に到達した。上部の洞窟にはアクセス不可能。彼女は下部の洞窟へ入り、洞窟の高さにも達する保存状態の良い2階建ての正方形の建物を眼にした。頑丈な一対の木製の梁が漆喰の石の壁から突き出ており、2階の床を形成する小さな横桁の列を支えている。彼女は長方形の出入り口から中をのぞき込んだ。部屋の隅は小枝と落葉が絡まっていた。幾つかの動物がそこを彼らの住みかにしていた。小さい方の2階の部屋へは、前壁の上の別の開口部からアクセス出来た。アーチ型のくぼみが天井の機能を果たしていた。洞窟の中央近くには他の建造物の残骸があり、いくつかは火災による被害を示していた。陶器の破片やいくつかの乾いたトウモロコシの穂軸が土の中に散らばっていた。近くには、とうもろこしを粉砕する仕事場である、滑らかな粉砕石の列が並んだ長い岩があった。
洞窟の遠隔にある興味深い小さな部屋が黒衣の目を引いた。彼女は部屋の傍に行き、観察した。住むには狭すぎる部屋。部分的に崩壊した岩壁の後ろに、彼女は血のように赤い見事なジグザグの岩絵を見つけた。 5フィート以上の長さのジグザグ線には、11回の上下のストロークがあった。 ジグザグ線の左側には、岩絵のシリーズ、丸い円に続いて5つの半円。黒衣の目には、これらの絵が月の満ち欠けを示しているように見えた。特に、ジグザグ線の5番目の屈折の下にある5番目の半円に注目した。何かしら、この5番目の半円が特別な意味を持っているように思えた。
Water channel leading into pictograph room Photo Tim Wong
岩絵を調べている黒衣は、誤って壁の後ろに隠れていた泥だらけの水たまりに足を踏み入れてしまった。彼女はそこに水があるのを見てびっくりした。部屋の後ろの壁は完全に乾いていた、水はどこから来たのか?外を見た彼女は、洞窟の遠隔の端からその部屋までずっと続く浅い溝を見つけた。溝の土はまだ湿っていた。昨夜雨が降らなかったら、彼女はそれに気づかなかったかもしれない。更に注意深く見た彼女は、部屋の壁の地面の高さに小さな開口部が作られ、そこから溝の水を導いていることに気づいた。
突然、全てが明らかになった。彼女はその部屋の目的と、その中の岩絵の意味を理解した。その小さな囲いは、水を集めて貯蔵し、作物を植えるための太陰暦を収容するための重要な機能を果たしていた。アナサジコーン(トウモロコシ)は、100日間の凍結のない成長期を必要とした。南西部の砂漠の乾燥した気候と短い成長期は、作物を適切な時期に植えることがいかに重要であるかを示した。部屋の下隅には3つの岩絵、完全な丸い円に続いて2つの半円、それは、29.5日の月の周期の最後の「下弦の月」を表している可能性がある。 5番目の半円の重要性は明らかだ。年によっては、冬至後の5番目の「下弦の月」が4月下旬から5月上旬となり、この地域にトウモロコシを植えるのに最適な時期となる。
黒衣は、壁の岩絵を畏敬の念を持って見つめていた。シャーマンは、壁の線や記号を通し、とてつもないタイムスパンを超えて彼女に話しかけていたのだ。彼女はもっとたくさんの質問をしたかった。なぜ彼の一族はこの峡谷を選んだのですか?ここで何が起こったのですか?なぜ彼らは去り、どこへ行ったのですか?「カー、カー!」黒衣が見上げると、低い太陽に逆らって峡谷の縁にとまるカラスの黒いシルエットが見え、あの峡谷の縁までの長い上り道を思い起こした。仕方なく、彼女は質問を残したまま、岩絵の部屋に背を向け歩み出した。