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Big Bend Sunset   Pastel on paper   Akiko Hirano

チソス マウンテン (幽霊の山)
Akiko Hirano & Tim Wong

夢と現実の境界線が狭まり、まばたくように自分が次から次へと滑って行く瞬間がある。そのようなある瞬間、黒衣(くろえ)は乾燥した落ち葉を踏むカサカサという足音に目覚めた。ビッグ ベンド国立公園の奥深くに自分がいることを思い出すのに少し時間がかかった。音は彼女のテントのすぐ外。彼女は音の方角に頭を向け息を止めた。全くの静寂。様々な考えが頭の中を駆け巡った。公園には毎年100頭以上のマウンテンライオンが目撃される、という報告がある。マウンテンライオンだったのだろうか?それとももっと脅威的なもの?眠りにつく前に、彼女は「ビッグ ベンドでの死」という題の本を読んでいた。この本は、この国立公園内で発生したすべてのホラーストーリー(戦慄物語)について語っている。彼女はビジターセンターでその本を手に入れなければ良かったのにと思った。寝袋に寝転がった彼女は、テントの天蓋から木の枝に囲まれた半月を見ることができた。全神経を集中し、テントの入り口のフラップを開けて外を覗き見た。彼女が見ることができたのは、クールな月明かりに照らされた台地、まだ頭上に見える”犬の星”シリウスだけだった。あれはただの夢だったに違いない。

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ビッグ ベンドは、テキサス州南西部の辺鄙な一角にある、大きくてもあまり訪問者のない国立公園。その中心にあるチソス山は、周囲の砂漠の中にそびえ立つ、高さ7,000フィートを超える巨大な火山岩の山。”チソス”とは、アメリカ先住民の言葉で"幽霊”を意味する。切り立った崖が山の南面を囲んでいる。毎年春になると、絶滅危惧種のハヤブサが険しい崖の間に巣を作る。巣の中のひな鳥を保護するため、山の南面トレイルは2月から5月まで閉鎖される。閉鎖の数日前に、黒衣はハヤブサを垣間見ることを期待して、山の南面に数泊キャンプする許可を得た。

昨日、彼女はチソス山の高所のキャンプ場まで6マイル歩いた。凍結乾燥チキンパスタの夕食を終え、彼女は太陽がゆっくりと地平線に溶け込むのを座って見ていた。琥珀色に変わった澄んだ空の下、広大な砂漠が紫と青に色あせて行った。地面が暗くなり、星が一つずつ点火し、空に星屑を散りばめ、天の川が流れて行く。彼女はなぜ中国人がそれを”銀河”と呼んだのか理解した。そよ風が膨らみ、残存する冬の太陽の暖かさを一掃した。黒衣は寒さを感じた。普段は外で星を見る楽しみを味わうのに、今夜はどういうわけか周囲が荒涼として見え、彼女はテントに引っ込んだ。

不安な気持ちで、黒衣は一晩中半ば目が覚めていた。翌朝、朝のコーヒーを淹れている間、雌鹿はキャンプの周りをさまよい、子鹿が付いて行く。彼らは怖がることなくテントの周りを歩き回っている。黒衣はおかしくなった。深夜の訪問者は鹿だったに違いない。彼女は神経質になっていた自分がきまり悪かった。彼女はもっと辺鄙な場所にキャンプをしたことが何度もあったが、脅されたと感じたこと事は一度もない。おそらく、昨夜読んだ本の中の話が彼女を脅かしたのだろう。いずれにせよ、彼女は自分の直観を信頼することを学んだ。ここでは何かが彼女に特別な注意を払うよう告げているようだった。

正午には、デイパックを肩に彼女は南面トレイルの端に向った。その景色は衝撃だった。 2,000フィート下にある、シエラ ケマダ(焼けついた山並)の険しい山頂は、はるか南のリオ グランデ河に向かって転がる巨大な波のように互いに押し合っていた。河の向こうはメキシコ、見える限りの多くの山々が続いていた。エレファント タスク(象の牙)と呼ばれる黒い火山岩頸は、幾つもの山頂で占める一帯の中で、この公園の際立つランドマークとしてそびえ立つ。真っ昼間でも、風景は暗く、不幸を予示し、容赦のないものに見えた。人々はそこで亡くなった。登山者は喉の渇きと日光にさらされ、道に迷い死亡した。何人かは殺害されたが、事件は解決されなかった。この土地は事実上不吉な警告をかもしだしている。彼女が旅したすべての場所の中で、ここは一人では冒険したくない場所の一つだった。

何かが空を駆け抜けたとき、黒衣は自分が何故そこにいるのか、その目的をほとんど忘れていた。あっ、ハヤブサ?彼女はすぐに双眼鏡を取り出し、鳥に焦点を合わせた。アマツバメだった。南面の崖の間の溶岩の割れ目で、白い喉のアマツバメが巣を作り、越冬している。彼女はハヤブサが見つかることを期待して空を精査するが、アマツバメしか見えない。その時、誰かが後ろから彼女を見ているのを感じた。彼女は振り返り、5歩も離れていない所に立つ男性と顔を合わせた。彼らは挨拶を交わすことなくお互いを見つめた。男は突然驚きを装い、恐ろしいものを見ているかのように黒衣の背後に向けて手を上げた。黒衣は動かず、男に目を向け続けた。男はにやっと笑って手を下げ、急に向きを変え立ち去った。黒衣は彼が道を下って消えていくのを見た。これは悪ふざけ?あまりにも不思議。

突然、彼女の昨夜の夢がもっと不吉に感じられた。彼女は自分の状況をすばやく評価し、もう一晩キャンプするのをやめた。この山から脱出する必要がある。彼女はデイパックからポケットナイフを取り出し、ズボンのポケットにしまった。キャンプに戻る前に、彼女はその景色をもう一度見た。”象の牙”はさらに暗黒に、そしてそれは黒い前兆のように立っていた。ゴー!(行け!)

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Sierra Quemada   Pastel on paper   Akiko Hirano