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Pedernal from Kitchen Mesa, Ghost Ranch

Pastel on paper   Akiko Hirano

アイコン(象徴)
平野明子& Tim Wong

サンタフェの北西にあるチャマ盆地の高所砂漠の夜明けは、この地の風景に魔法を投げかける。柔らかな光が地をサーモンピンク色に変え、地層の褶曲(しゅうきょく)や峡谷が澄み切った透明度で強調される。無限の空間と視界の解放感が、ある者を地球上の唯一の人間のように感じさせる。やせ細ったピ二オン(松)が点々と散在し、残存するわずかな水分を吸い上げようと必死に砂地の土壌にしがみついている。それに失敗したものは、ある種のグロテスクな生き物の漂白した骨格のように散らばっている。夏の雨はチャマ河を満たす激しい雷雨となってやって来る。河は、低地を探求する蛇のようにトポロジーを切り抜け、全ての生き物の生命線となる。河沿いのコットンウッド(ポプラの一種)が、湾曲した緑色の線でピンク色のキャンバス上を図取りしていく。東には、深い峡谷の謎のオアシスを隠す赤色の崖と砂岩の尖塔の群れ。西には、カナダまで続く大陸分水嶺の一部を形成するヘメス山脈。これらの真ん中にあるのが、元の観光牧場を黙想会場と教育センターに変換したゴーストランチ。牧場に面したチャマ河の反対側には、しばしば“オキーフの国”と称される象徴的なセロペダナル山がそびえ立つ。

 

1934年夏、47歳のジョージア オキーフは、初めてこの風景を眼にし、その自然の美しさと迫力に魅せられぼう然とした。彼女はゴーストランチで夏を過ごし始め、最終的にニューヨークからアビキューへ移り住んだ。彼女が見た風景、殊にお気に入りのセロペダナル山は彼女の絵画の多くに登場した。彼女はその山をあまりにも愛したので、描き続けたら神さまが彼女に山を与えると約束した、とかって彼女は口にした。彼女の死後、彼女の灰はその山の頂上に撒かれた。

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Black Mesa   Pastel on paper  Akiko Hirano

“オキーフの国”の中心部を抜ける風光明媚な道路NM-30(ハイウエイ)は、もう一つの象徴的なランドマーク、“ブラックメサ”と呼ばれる、先住民にとって神聖で威圧すような火山岩メサの横を走る。

 

1598年、フォアン デ オナーテ(スペインの征服者)は500人の兵士と開拓民をニューメキシコに率い、先住民に厳しいスペインの規則を課した。1680年8月10日、19のプエブロ(インディアン部落)からの戦士は、ニューメキシコ中のスペイン開拓者に対し調整攻撃を行い、多くを殺害し、ほとんどの開拓者をメキシコに追放した。プエブロ住民の独立と平和は長くは続かなかった。新しい知事、ディエゴ デ バーガスが1694年に軍と共に戻って来たとき、プエブロ住民の多くはメサ頂上の防御的な村へ逃亡していた。その後に続いたのは、プエブロ住民を再度征服するための一連の血なまぐさい攻撃だった。再征服に抵抗した最後の拠点の一つは、近くのサン イルデフォンソ プエブロからの戦士が占領した“ブラックメサ”にあった。防御壁の残骸と石の発射体の備蓄は今もメサ頂上にある。先住民にとって、いわゆる”オキーフの国“の象徴的なランドマークは深い意味を持っている。

暑い夏の日、黒衣(くろえ)はセロペダナル山に面して立つ孤立したメサ頂上の崖っぷちに座っていた。13世紀の古代プエブロ開拓民の名残り、チピン遺跡の残骸が彼女の周辺に散在している。西暦1200年から1300年にかけて居住していたプエブロには、かって最大400の部屋と16のキバ(儀式用の地下建造物)があり、当時の最大級プエブロの一つであった。プエブロは防衛のために建てられ、メインの高地とつながる狭い尾根からアクセス出来る。入り口は積み上げられた火山岩で守られている。メサ頂上には、儀式用のキバを真ん中にした中央の広場を囲む部屋のレンガの残骸が散在していた。換気用の空気ダクトを備えたキバは、岩盤から掘り出され、木材の屋根は消失していた。石段が崖を下り、水のある峡谷へと続いていた。その小峡谷の上の岩盤には、一対の長い溝が平行にあり、かって崖に掛けられていたロープの梯子で消耗されたようだ。陶器の破片が地面に散らばり、灰色のもの、黒の幾何学模様が描かれたものなど。最も興味深いことに、珍しい白とバーガンディー色の鋭いフリント(火打石)とチャート(角岩)が豊富にあった。

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Pedernal cherts   Photo  Tim Wong

セロペダナル山の上空を漂う雲を眺めながら、黒衣は先住民はこの景色を見て何を考えていたのだろう、と思い浮かべた。もちろん、ジョージア オキーフの名は彼らの語彙にはない。あの山は彼らにとって神聖なものだった。セロペダナル山は“フリントマウンテン”を意味する。そこは、独特の白とバーガンディー色の“ペダナルチャート”が生まれた場所で、日常生活と生存のための道具つくりの材料の源だった。その神聖な山を自分ひとりの物だと主張するのは冒涜(ぼうとく)と言えるだろう。

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Pedernal  from Tsi’pin ruin

Photo  Tim Wong