top of page
黒い壺
平野明子 & Tim Wong 

1987年冬。寒い冬のある日、シアトル近くのスノホミッシュにあるアンティークモールの2階、ガラスケースの中に何年もの間放置されていた黒い円筒形の陶器の壺に黒衣(くろえ)の目が行った。それには植物とキバ(儀式用の建物)の階段の模様が描かれていた。古く手入れがなされていないように見え、その光沢のある黒い表面は汚れで傷つき、内側には引っかき傷の跡が残っていた。それでも、そこには名工陶芸家の仕事の繊細な形と優雅さがあった。黒衣はそれを購入する事にした。

1926年夏。マーガレット マーフィー夫人はシカゴからロスアンゼルスまでサンタフェ鉄道で夫と一緒に旅をしており、途中サンタフェに到着した。彼らは豪華なハーヴィーハウス(後のラフォンダホテル)に滞在した。翌朝、マーフィー夫人はサンタフェプラザ周辺を観光し、知事官邸の正門前でハンサムなネイティブアメリカンインディアンのカップルと幼い息子が珍しい陶器を販売しているのに出くわした。陶器は彼女が今までに見たこともないような、光沢のある黒い壺だった。彼女はインディアン模様が施された円筒形の壺を5ドルで購入した。その壺は妻のマリアが作り、夫のフーリアンが模様を描いた事を知った。その旅行の3年後、マーフィー氏は倒産し、家族は所有する物全てをオークションハウスに売った。1941年、若い海軍士官のローガン中尉は、ホノルルで戦艦アリゾナに駐屯する前に、婚約者の誕生日に一つの黒い壺を購入した。その女性は後に別の男性と結婚し、その壺をガレージセールで販売するまで、長年、鍵やペンを入れる道具として使っていた。

Native-Couple.jpg

Native Couple   Pastel on paper  Akiko Hirano

1908年春。ニューメキシコ美術館創設者エドワード ヒューエット博士は、フリホーレスキャニオンの大規模な遺跡の発掘作業に従事している時、珍しい黒い陶器の破片を発見した。それらは、以前サウスウエスト(アメリカ南西部)で見つかった陶器の破片とは異なる物だった。ヒューエット博士は、この珍しい陶器の複製を可能にするネイティブの陶芸家を見つけたかった。誰かが、近くのサンイルデフォンソプエブロに住むマリア マチネスを推薦した。マリアは様々な焼成方法を試験し、古代の黒い陶器がどのようにして作られたか、その秘密を明らかにしただけでなく、彼女のプエブロの象徴となった見事な“ブラック オン ブラック”(黒地に黒)の陶器を生産するための技術を磨いた。彼女の作品は彼女を国際的に有名にした。四人の異なる大統領からホワイトハウスに招待され、イギリスの陶芸家バーナード リーチや日本の人間国宝、濱田庄司など著名な陶芸家が彼女を訪れた。

 

1896年。マリアと彼女の黒い陶器の物語は実際にはありえなかったかもしれない。マリアは9歳の時、天然痘にかかった。天然痘は何百万人ものネイティブアメリカンを殺した壊滅的な病気。プエブロには医療施設がなく、母親は30マイル離れたエル・サンチュアリオ・デ・チマヨ(教会)まで歩いて行き、‘癒しの力’があると言われている‘聖なる土’を探した。彼女は娘のために祈り、誓いを立てた。もしマリアが助かれば、彼女を教会へ巡礼の旅に出そう、と。生と死の間を何日もさまよった後、マリアは回復した。彼女は母親の約束を守り、教会へ巡礼の旅を果たした。こんにち、世界中から数十万人の信者が‘聖なる週’の期間、教会への巡礼が行われている。

Chimayo-Church.jpg

El Santuario de Chimayo   Pastel on paper  Akiko Hirano

1990年夏。ほぼ一世紀後の晴れた日、黒衣は初めてエル・サンチュアリオ・デ・チマヨ教会を訪れた。高木の常緑樹に囲まれた小さな礼拝堂は、サングレ・デ・クリストル山脈の美しい谷間にうずくまっていた。その日は訪問者があまりいなかった。彼女はアドビ(日干し煉瓦と泥の)アーチで枠組みされた風化した木製の門をくぐり、中庭に入るや否や、アーネスト ニーやアンセル アダムスなどの著名な写真家が撮影した大きな十字架を目にした。礼拝堂の内部は、聖歌隊の横にある鋳鉄の薪ストーブに至るまで、この地域の他のスペイン植民地時代のミッション教会と同じだった。黒衣が見たかったのは、祭壇の脇の小さな部屋だった。その部屋に入り、地面に掘られた浅い穴に足を突っ込みそうになった。様々な患いをもつ巡礼者が、この穴の土を集めて体にこするために来ていた。その部屋の壁にはあらゆるサイズのクラッチが並んでいた。奇跡的に治癒したと信じている巡礼者が置いて行ったのだ。黒衣は、ほぼ一世紀前、母親が幼い娘と一緒にサンイルデフォンソプエブロから歩いてこの部屋に足を踏み入れたことを想像していた。

 

2021年春。様々な思い出で埋まったキャビネットを掃除していた黒衣は、ずっと昔に買った黒い壺を取り出した。その壺が作られ、それに遭遇するに到るいくつもの偶然の出来事について思いをめぐらしていた。壺の汚れや引っかき傷が、その壺がどこに行き、どこで保持されていたかを語ってくれた。彼女は壺を裏返して、より深い意味を帯びた二つの署名、“マリーとフーリアン”を見つめた。

Black-Pot.jpg
Marie-Julian.jpg

The Black Pot   Photo  Tim Wong

bottom of page