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Moonhouse     Pastel on paper   by Akiko Hirano

ダークムーン

平野明子 & Tim Wong

 

西暦1268年秋。執拗な干ばつが続いている。ムーンゲイザーは心配だった。彼の一族は冬を過ごすのに十分なトウモロコシを持っていない。さらに心配なのは、東の方で暴力行為が次第に拡大しているという噂。住民はそこから脱出しているらしい。彼の一族はプエブロ(部落)を防御壁でしっかり要塞化したものの、誰もが、もはや安全だとは感じていない。彼は一族を集めて食事をしながら会合を開いた。そして皆、この峡谷から立ち去る事に同意した。

 

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2005年5月。その日はとても暑く晴れ渡っていた。彼女は発育不良のピニオンパイン(松ノ木)やセージブラッシュ(ヤマヨモギ)が点在するメサ(岩石台地)の頂上をさまよっていた。彼女は広いオープンスペースと、鮮烈な色のこの地形が大好きだ。日本の人口密度の高い大都市で育った彼女にとって、ユタ州南部は、まさに心と身体が解放される場所。近頃の雨で出来た浅い水たまりがまだスリックロック(台地を覆う滑らかな岩)に残っていた。バレルサボテンやウチワサボテンは花を付けている。この地の美しさを観賞しながら、彼女は赤い崖に囲まれた峡谷を見下ろすメサの先端にやって来た。

日陰に腰を下ろし、水筒から水を一口飲む。峡谷を背に、風に舞う一対のカラス。向かい側の崖の半ばあたりの岩壁はサーモンピンク色をし、周囲の岩と完全に一体化していて、もし真ん中に黒っぽい長方形の開口部が見えなければ‘それ’(遺跡)には気付かなかっただろう。彼女は水筒をバックパック(リュック)に戻し、峡谷を下る道を探し始めた。

Moonhouse    Photo  Tim Wong

程なく、彼女は谷間の干上がった川底に立ち、上を見る。赤く帯状に連なる巨大な岩壁の下に押し込まれるように潜んでいるピンク色をした壁。それは明らかに人工の建造物で、周囲と融合するように巧妙に構築されている。左手には、赤い土壁に描かれた、まるで満月の上昇のような‘白い円’。その壁の後ろには一体何が隠されているのだろう?彼女は注意深く長方形の開口部へと登り、その中へ頭を突っ込んだ。当然中には暗い部屋があるものと思いながら。ところがそうではなく、一連の内部の部屋に通じて横につながる回廊が見えた。胸の高さ程もある開口部から身を引いた彼女は、即、その場の空気の冷たさと、完全な静けさに圧倒された。

薄暗い光に目を慣らし、奥の部屋を探索し始めた。小さな窓を通して中を覗くと、部屋の一つには干上がったアナサジのトウモロコシの穂軸が散らばり、天井が煙で黒くなっている。他のどの部屋の床にもトウモロコシの穂軸は無かった。回廊の端まで行くと、換気口を通して峡谷の下から見た‘白い月’が描かれた外壁の岩肌が見えた。‘月’の絵の横には、‘丸い点’の列とジグザグの‘ヘビ’の絵文字が描かれており、すべて白く塗られていた。一番大きな部屋は精巧に装飾され、その外壁は逆三角形の絵を含む太い白い帯状線と、その上の同じく白い丸い点の列。彼女は小さな懐中電灯で戸口からその部屋を覗き込み、深く息をした。内壁も同じデザインで塗装されている。白い点の線の下の巾広い白い帯状の線が部屋を取り囲んでいる。その帯状の線の真ん中に、完璧な円が色を塗らずに残され、’ダークムーン’のイメージを呼び起こす。居住者は何を伝えようとしていたのだろう?彼女はカメラを手探りし、写真を撮ろうとした。と、突然、鈍いこもった声が聞こえた。彼女は誰か来たと思い、急いで持ち物を集めて新しい訪問者のためにその場を去った。

彼女は外壁の開口部を登り超えて、夕日に照らされた外界に出る。目を細めて新しい訪問者を探すがその峡谷には誰もいなかった。彼女は血の気が引く思いであった。

 

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