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Fallen Roof Ruin   Pastel on paper   Akiko Hirano

コネクション

平野明子 & Tim Wong

 

レンジャーステーション(国有林警備員の詰め所)は、ピニヨンパイン(松ノ木)の木立の中に設置された小さなトレーラーだった。彼女はバックカントリーの許可(峡谷の奥深くに入る場合、許可が必要)を得ている間、制服を着た男性にアナサジインディアン遺跡の写真を見せた。 「それは、ロードキャニオンにあると思いますよ」。と男性は言った。「私はボランティアとして始めたばかりなので、はっきりとは知りませんが」。登録用紙上の彼女の名前をちらっと見て「クロコロモ…おもしろい名前!」と付け加えた。 「ええ、黒い衣‘黒衣’、人は略して‘くろえ’と呼びます」。

 

黒衣(くろえ)は詰め所を出て、峡谷の入り口を目指して未舗装の道路を走った。彼女はジープを停め、浅いウオッシュ(谷間の水がたまに流れるだけの川底)を下り始めた。植生はメサ(岩石台地)の頂上とは大きく異なり、緑豊かで野生の花がたくさん咲いていた。野生動物の足跡が道を横切っている。しばらくの間、彼女は道を間違えてサイドキャニオン(メインのキャニオンから横にそれたキャニオン)の方へ歩いて行き、後戻りしなくてはならなかった。一時間ほど川底を歩き、峡谷奥深く入って行くと、南向きの斜面の高いところにアルコーブ(洞窟、洞穴、空洞)が見えた。彼女はそこまでよじ登り、写真の遺跡を見つけた。

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Hand prints  Photo  Tim Wong

ピンクがかった赤い岩板の大きな塊が、アルコーブの砂地の床に散乱している。岩板はアルコーブの天井から剥がれ落ち、より明るい下の層の美しいパターンが露出していた。遺跡は石と泥で出来た3つの半円形の部屋で構成され、それぞれに入り口を兼ねた1つの長方形の窓がある。彼女は懐中電灯で中を覗く。ある部屋にはアナサジのトウモロコシの穂軸が散らばっていて、その天井は煙で黒ずんでいた。他の2つの部屋には何も無い。後ろの壁には白い斑点がある、いちどき漆喰で壁全体が塗られていたかもしれない。 1つの部屋の上の暗い岩のパネルには、一グループ、数人の大人とおそらく一人の子供、の手形が押されている。彼女は家族が遠い過去から「こんにちわ!」と手を振っている様子を想像した。彼女は手を上げてお返しに手を振った。彼女はいつも、アナサジインディアンの遺跡の周りで暗黙のつながり(コネクション)を感じていた。まるで、遥か彼方の地に住むために立ち去った、長い間会わない親族を訪ねたようなものだった。特にこの遺跡では、自分が監視され、でも脅迫されているのではない雰囲気を感じていた。もしかして、彼女のDNAのどこかに、ずっと以前に、凍結したベーリング海峡上で分離した共通祖先の古代の記憶が保たれているのかもしれない。彼女は遺跡を後にする前にカメラを取り出して写真を撮った。

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Granary on a cliff   Pastel on paper   Akiko Hirano

峡谷をさらに下る黒衣は、垂直の崖の上の狭い岩棚の上から張り出している岩壁の下に、不安定な状態で隠れている別の遺跡を見つけた。アクセス不可能な感じだ。彼女は双眼鏡で確かめた上で、帯状に続くスリックロック(滑らかな岩)を登り、広い台地に到達した。それから岩棚に沿って遺跡へと、注意深く神経を集中させて進んだ。それは2個の穀倉だった。1つは小舞壁(こまいへき;木の枝や細い木片を格子状に組未、土、粘土、動物の糞、わらなどで作った漆喰を塗って作る壁)で、もう1つは石と泥(漆喰)で出来ていた。漆喰には職人の指の跡がまだ残っている。明らかに、他の者がやって来れないような不安定な場所に彼らは穀倉を建てた。黒衣は突き出た岩壁の下を、身体をすぼめて注意深く、2個の穀倉の間のガタガタしたゆるい岩の上に這いつくばって中を覗いた。驚いたことに、一つの穀倉の内壁には、連続した三角形が白い帯状に描かれていた。15列あった。『一体誰が、どうして、穀倉の内部まで装飾するのだろう?ある種のカレンダー、あるいは何かを記録していたのだろうか?』風通しの良い‘とまり木’のようなこの場所に立つ黒衣は、彼ら職人の創意工夫を賞賛するだけで、問には答えがないままだった。

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終章

旅の1週間後、黒衣は遺跡で撮影した白黒フィルムをライトボックスに置き、ルーペで各ネガを調べた。ネガの番号の25、26、27に達した時、息が止まった。この三枚の写真は、同じ部屋を、すばやく連続して撮影したことを覚えている。 1番目と3番目のネガには空白の窓が写っているが、真ん中の番号26は、その窓から彼女を見つめている‘楕円形’(の物体)がはっきりと現われている。 『そんなはずはない、あの部屋は空っぽだったし周りには誰もいなかった!』彼女は信じられない思いで椅子に崩れ落ちた。科学者である彼女は、自分が見たものを受け入れることが出来ない。これはある種のアーティファクト(人工物、人為性)に違いない。と、一方で、すべての答えを知っているふりをしたことは一度もない彼女。おそらく、それが何であれ、窓に短時間出現したものは、彼女が感じた‘コネクション’(つながり)が、ただの空想だけでなく、それ以上のものであることを、彼女に知らせたかったに違いない。彼女はある時、アナサジ遺跡の場でレンジャーにその不可思議な’放棄’(アナサジインディアンは、13世紀の半ば突然全てを捨てて彼らの部落から去った)について尋ねたことを思い出した。レンジャーは、「いくつかの謎は未解決のままで、解答は無い方が良いのかもしれない」と応えた。彼女はそれに満足しているようで、ライトボックスの上のネガを片付けた。