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Nambe Badlands I   Pastel on paper   Akiko Hirano

不毛の地
平野明子& Tim Wong

サンタフェの北20マイルに、「ナンベ バッドランド」(ナンベの不毛の地)と呼ばれる、侵食されたアロイオ(水が枯れた水路)とそびえ立つ尖塔(せんとう)の広大で錯雑な迷路がある。黒衣(くろえ)は「タオスに向うハイロード」に沿って何度もこの場所を通り過ぎ、ジュニパーとピニオンが散在するピンク色の土地の風景に感嘆し、この砂岩の迷路の中には一体何があるのだろうと思っていた。

 

2022年3月1日。ロシアが隣国ウクライナを攻撃する戦争を開始して以来、黒衣は殺害と残虐行為のイメージを恐怖と嫌悪感で見ている。今、彼女に必要なことは、神聖、そして平和な場所でじっくりと考えること。この晴れた日、彼女は車を道路脇に停め、「ナンベ バッドランド」の迷路の中に歩き入る。砂地のトレイルをたどり、360度の景色が広がる尾根の頂上に登る。東には、雪をかぶるサングレ ド クリスト山脈が浮かび、西には、ヘメス山が大陸分水嶺のバックボーンの一部となり、ここからカナダまで伸びている。彼女は死と苦しみのイメージを振り払おうと、新鮮な空気を胸一杯吸い込む。ジュニパーが点在する盆地を囲む長い稜線に沿って、かすかな小道が蛇行している。それが乾ききったウオッシュ(水路)へと下降するまで、彼女はその道を歩く。ウォッシュは、盆地のピニオンとジュニパーの間を蛇行する。あちこちにコヨーテの糞。彼女は、威圧する砂岩の扶壁で守られたボックスキャニオンの先端までコヨーテの足跡をたどって歩く。孤独な尖塔が歩哨(見張り番)のように上に突き出ている。扶壁には小枝の断片で埋まったいくつかの穴が見られる。鳥達はそれらの空洞を巣にしている。休憩するのに良い場所だ。彼女はパックを置き、日陰のピニオンの下に適当な岩を見つけて座る。この場所が平和と寂寥以上のものを与えてくれることが彼女にはわかる。

Bathmodon elephantopus skull

Bathmodon elephantopus Cope

collected by Edward D. Cope

in New Mexico, 1874

Natural Museum of Natural History

Pastel on paper  Akiko Hirano

1874年8月10日。古生物学者のエドワード ドリンカー コープ(1840-1897)は、フィールドノート(野外研究活動のノート)に「リトで入手したバスモドンの歯」という簡単な事項を作成した。それは、ニューメキシコ州で3400万から5600万年前の始新世の化石の発見を示していた。続く週には、コープは「ポワキ全域の不毛の地」(現在のナンベ バッドランド)から始新世の重要な哺乳類を代表する化石をさらに収集した。初期の哺乳類は、文字通り恐竜の影のもと、ほとんどが小さな植物や昆虫を食べる生物だった。 6500万年前に恐竜が絶滅して初めて、より大きな哺乳類が出現し始めることができた。羊ほどの大きさのパントラムダ バスモドンは、始新世に世界を継承した大型哺乳類の1つだった。これらの動物は、人間を含む現在の動物がどのようにして出現してきたかを明らかにすることができる。当時、コープはエール大学のオスニエル マーシュ教授と化石の発見をめぐって激しい競争を繰り広げていた。共に古生物学に多大な貢献をしたが、結局は、彼らの仕事以外での悪質な確執が彼ら自身を恥じ占め、彼らの仲間と彼らの分野に悪い眼識を残すことになった。コープは1897年に56歳で貧しく死に、マーシュは数年後67歳で追随した。

古生物学の研究は取るに足らないものだ。恐竜は1億7500万年の間世界を支配していた。絶滅後、ホモサピエンが出現するまでにはさらに6500万年を要したが、単に20万年から30万年前のこと。進化の時代の中では、人類の歴史全体が瞬間の出来事なのだ。小惑星のきまぐれな軌道によって恐竜が一掃されていなかったら、人間はまったく存在していなかっただろう。さらには、より強く、より速く、よりどう猛な無数の競争相手の中で、我々人間が世界を支配することになる。我々の存在がいかに信じ難いほどあり得ないことか、我々はその存在をいかに真に感謝すべきか!

黒衣が思いを巡らしている間、ピ二オン松 カケスの群れが峡谷に急降下する。鳥達は地面に飛び交い、餌の隠れ場を探している。ピ二オン松 カケスは、ピ二オン松の種を食べ、冬の間地面の下に種を貯蔵しておく。この皮肉なめぐり合わせから、黒衣は逃れられない。ここでは、進化の時間の中で遅くにやって来た者(人間)が、彼女の種の進化のために全世界を去った恐竜の唯一の子孫(鳥)を見つめているのだ。彼女は「ありがとう」と言いたい。でも、自分の種のある者は、進化の過程で幸運にも受け継いだものを貴重な宝と感じていないように見える。この瞬間にも、戦争を繰り広げ、人類を滅ぼすことを主張する人さえいる。何という悲劇。突然、鳥達は一斉に飛び立つ。黒衣はそれらがメサの上に消えていくのを見つめている。彼女は静かに口ごもる。「ありがとう…そしてごめんなさい」。

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Nambe Badlands II   Pastel on paper   Akiko Hirano