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ホセ

平野明子 & Tim Wong

一生に一度、いくつかの深く感動的な体験に触れ、幸運にも自分が人生で本当に欲している物は何かを発見し、人生が永遠に変わることがある。黒衣(くろえ)の場合、それが何年も前にニューメキシコ州の曲がりくねった裏道で起こった。彼女はテキサス州で開催された学会に出席したばかりで、これから又終わりの無い研究助成金申請に取り組む前に、気持ちを新たに頭をきりかえるべくサウスウエスト(南西部)を車で一週間旅する計画を立てていた。彼女は早朝にサンタフェを出発し、”High Road to Taos”(タオスに通じる高所道路)に向けて車を走らせた。車が丘を越えたとき、眼前に広大な地形が開け、深緑のジュニパーとピ二オンが水玉模様に点在するピンク色の丘が、視界の続く限り果てしなく拡がっていた。背景には雪に覆われた山並み。車のフロントガラスはその光景を捉えるには小さすぎた。彼女は車から降りてじっくりと眺めた。完全な静寂の中に立ち、真っ青な空の下、黄金色の朝陽を浴び、畏敬の念を抱き言葉を失った。そこにはこの土地の気取らない簡素な美しさの中の静かな素朴さがあった。京都の竜安寺の石庭を眺めた時の感情を思い起こさせた。その瞬間、彼女はこの地に自分が属する事を認識した。

Official Scenic Historic Marker   Photo  Tim Wong

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San José de Gracia Church at Las Trampas

Pastel on paper  Akiko Hirano

更に道を進み、黒衣は古い美しい教会に出くわした。埃っぽい未舗装の広場に向かって二つの尖塔がそびえ立つ教会。一匹の老犬が木陰に横たわり彼女を見つめている以外誰もいなかった。黒衣は車を停め、風化した木製の門を通り、重い木製の両開きドアが大きく開いた教会の入り口へと階段を上った。中には誰もいない。5-6列の古い木製のベンチに隣接する短い通路は、同様に古い祭壇へと通じ、そこには宗教的な人物画が精巧に描かれていた。両側の壁には装飾された木枠の古い宗教画が掛けられていた。木の床板はペンキでむき出しになっていた。十字架の形をした粗末な木製のキャンドルシャンデリアが通路の上から擦り切れたロープで吊るされていた。それは内部を照らす唯一の照明源。最前列の席の隅に置かれた鋳鉄製の薪ストーブヒーターが冬場の熱の供給源。その当時黒衣に知識はなかったが、この教会は1760年頃に建てられたLas Trampas村のSan Jose de Garcia 教会で、スペイン植民地時代の最も独創的なプエブロミッションの一つである。

 

黒衣は祭壇の方へ、きしむ床を数歩進むと足音がこの監禁された空間に響き渡った。と、突然恥ずかしそうな表情の10代のヒスパニック系の少女が最前列から飛び上がり、黒衣を仰天させた。この若い世話人はベンチで昼寝をしていたのだ!黒衣は「こんにちわ」と挨拶をし、古い宗教画を鑑賞するため祭壇に近づき敬意を表して、静かに教会を出た。

 

黒衣が陽射しの中に出た時、栗毛の馬に乗ったカウボーイハットをかぶったハンサムなヒスパニック系の男性が広場に出て彼女を見つめていた。「ホラ!貴方の写真を撮っても良いですか?」、黒衣は訊ねた。彼(騎手)は軽くうなずき、片手で手綱を軽く引き馬を横向きにし、もう一方の手を腰に置き黒衣に顔を向けた。いかにもスマートで誇らしげな騎手。「パーフェクト!」、黒衣は数枚写真を撮った。「一枚私に送って」と‘騎手’は頼む。「もちろん!貴方の住所は?」黒衣はポケットからペンと小さな日記帳を取り出し彼に手渡した。彼は何かを走り書きし、身をかがめて日記帳を黒衣に返した。「アディオス!」彼は片手でカウボーイハットを傾け、ブーツのかかとで馬を軽く突っつき道路の方へ向った。

 

黒衣は車をスタートする前に、‘騎手’と馬がひずめの音を立てながら道を曲がり下って行くのを座って見つめていた。彼女は日記帳ののページに目を落とした。やっと判読出来る字で書かれていたのは:ホセ、局留め、Chamisal郵便局、ニューメキシコ。

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José   Pastel on paper   Akiko Hirano

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